テレパシック感性通信

情報化社会から意味を創造する力

片岡義男の「波乗り」と「オートバイ」─スマホのない時代が育んだテレパシック感性

人生の主人公を意識する時間

片岡義男の小説が描く「波乗り」と「オートバイ」

静けさが育んだ感性として。

あなたにもありませんか?仲間と騒ぐのも楽しいけれど、なぜか「ひとりの時間」にこそ心が震える瞬間。


僕は波に向き合うサーフィンや、オートバイで風を切る時間の中で、その感覚を幾度となく味わってきたように思います。
 
特にオートバイで走る道のりは、雑音がすべて消え去り、自分と世界が一体になるような静けさに包まれる至福の時間。あの感覚は、今思えば“テレパシック感性”を自然に育てていたのだと感じています。
 
何といっても小説の影響で単気筒に乗ってしまったほどです。

当時はまだスマホのない時代。波を待つ沈黙や、ひとり走るオートバイの鼓動が、自分と向き合うかけがえのない時間でした。その波長と重なり合って、ビビビッと来たのが、少しエモすぎますが、[片岡義男]の小説群。
 

小説のネーミングも素敵ですね
小説家・片岡義男が描いた「波」と「オートバイ」の世界観は、まさにその静けさの象徴でした。今回は、彼の作品を手がかりに、スマホ以前の空気感がいかに私たちの感性──とりわけ“テレパシック感性”を豊かに育ててきたかを探っていきたいと思います。

 

彼のオートバイ、彼女の島2

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小説家・片岡義男といえば、やはり「波乗り」と「オートバイ」。彼の小説はサーフカルチャーやバイクカルチャーを背景に、都会の喧騒から距離を置いた、昭和独特の青春時間を描き出しました。

波を待つサーファーの姿は、ただのスポーツシーンではありません。波が来るまでの沈黙、自然と同調するための観察、筋肉がMAXになるパドリング。そして一瞬のタイミングを掴む感覚──それらが生き方そのものを象徴しています。

一方のオートバイは「孤独の自由」を映す存在です。風を切り、ただ走る。誰とも会話をしないその時間にこそ、自己と世界が響き合う深い感覚が生まれる。片岡義男の小説は、こうした体験を文学的に結晶させ、読者に「沈黙の美学」を伝えているのです。

幸せは白いTシャツ

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長距離ライダーの憂鬱

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スマホが無かった時代の「自己対話」

現代の私たちは、つねにスマホを手放せません。待ち合わせの時間も、移動中の隙間時間も、すぐにSNSや検索で埋め尽くしてしまいます。

しかし、スマホのない時代には「空白」が当たり前に存在していました。誰かを待つ間、ただぼんやりと空を眺める。移動中に景色を眺めながら、頭の中で思考を整理する。連絡手段がないもどかしさは、同時に「自己対話の時間」でもあったのです。
 

なんたって、駅の掲示板を手掛かりにしていた時代ですからね。それかやっとポケベル(笑)

片岡義男の小説に登場する人物たちは、カッコよかった。美男美女ばかりが出てくるのですが、確かに「空白」を自然に生きていました。海辺に座り込み、沈黙を共有する。バイクを走らせながら、言葉のない心の交流を感じる。現代人が忘れかけた豊かさが、そこには息づいていました。

沈黙が育む「テレパシック感性」

沈黙の時間は、ただの退屈な時間ではありません。相手の仕草や表情、目線の先にあるものから心を感じ取る力を育てます。同時に自然の表情や変化にも気づけます。


片岡義男の物語では、登場人物が多くを語らずとも互いを理解し合う場面が少なくありません。それはまるでテレパシーのように自然で、言葉を超えた感覚の共有です。

現代はどうでしょう。LINEの既読やSNSの反応で安心しようとする私たち。けれど本来、人間には「相手の気配を感じ取る力」が備わっています。その力は沈黙やアナログな時間の中で研ぎ澄まされると思います。
 
敏感過ぎても、鈍感すぎても難しく、相手の気配を感じ取り、そして自分の中で消化していくことで調和がとれるように感じます。そして、熟成されて、“テレパシック感性”として育っていくのではないか、と思うのです。

今こそ取り戻したい「静けさの価値」

スマホやインターネットは便利で、世界を一瞬でつなぎました。しかしその代償として、「静けさ」や「沈黙の余白」が失われつつあります。

だからこそ、意識的にスマホを手放す時間を持つことが大切です。

散歩をしながら風を感じる、海辺で波を眺める、本を開いてゆっくり過ごす。そうしたアナログな体験の中で、片岡義男が描いた「波乗り」や「オートバイ」の感覚が現代に蘇ります。

沈黙の中にこそ、人は他者や自然と深くつながれる。片岡義男の小説は、そのことを今に伝えてくれる文学的な財産なのです。

片岡義男の世界観から学ぶ、現代の生き方

片岡義男の小説は、サーフィンやオートバイを通じて「沈黙と自由」を描き出しました。そこには、スマホのない時代だからこそ可能だった空気感があり、その体験が“テレパシック感性”を育んでいたのです。

いま、私たちが意識的に沈黙を取り戻し、アナログな時間を大切にすることで、情報に流されない自分を取り戻すことができるのではないでしょうか。

スマホやAIに支配されるのではなく、下僕のようにただのツールとして使う決断と若干の勇気。そして静けさを選び取るということ。
 
そこから生まれる感性こそ、
これからの時代を生き抜くための新しい力になるはずだと感じています。
 
特にZ世代に、『片岡義男』読んで欲しいなー。

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