テレパシック感性〜生きる世界を変える〜

情報の海で溺れて心を見失わないための力

組織を導く感情のコントロール

一日200名の来院数は怒涛の日々
開業3年、いや4年くらいのことだったか。
とにかく人手が足りなくて毎日が怒涛の日々だった。
 
朝は10時オープンなのだが、表で患者さんが30分前から並んでくれていた。冬の朝は寒さが身に染みるので、20分くらい前からオープンすることにした。するとしばらくしてから、さらに10分、15分、20分と患者さんの来る時間が早まっていく。これではイタチごっこだ。仕方なく、正式にオープン時間を9時30分にしてなんとかやり過ごすことにした。
こんな感じで毎朝はじまった。
スタッフは6名〜8名くらいだったかな。オープンと同時に自分も含めてスタッフ全員がウルトラフル稼働だった。施術中に鳴っている電話さえ誰が出るのかスタッフ同士が目配せをして誰がでる?といった感じだった。今のようにネットのインフラが整っていないので予約や変更、キャンセルなどは、ほぼ電話でまかなっていた時代だったからだ。
とにかくスタッフが足りない

さらに来院数はほぼ限界まで来ていた。一日トータル来院数は160名から多い時には200名を突破する日さえ出てきた。
スタッフもそんな状況に危機感を感じていたのだろう、整体の学校の友人連中に声をかけてくれた。そんなある日のこと。広告を出していた雑誌から一人の応募者がきたので、面接をして即採用した。
 
ようやく若い男性スタッフが一人増える。初出勤日には研修からスタート。施術の内容や院内のことなど何もわからなければ仕事にならない。その彼は愛想もよく、手技も特別問題はない。研修に関してはスタッフに張り付いてもらった。全部ちゃんと教えてね、と伝えて自分他スタッフはひたすら施術した。
初夏だった
気づくと院内が異様に臭くなってきた。強烈な腋臭だ。「なんだこの臭いは?」という感じであたりを見渡すと施術していたスタッフも患者さんに気づかれない様に僕の顔を見て、(そうなんです〜)みたいな感じで少しうなづいた。今までこんな強烈な臭いに院内を侵食されたことはない。自分もスタッフも〝体臭〟には仕事上、人一倍気を使っていた。
 
なるほど、この臭いの原因はその新人だった。面接で「あなたは腋臭ですか?」と確認するわけがない。しかも初日で緊張していたのだろう、ワキガにエッセンスが効いていて鼻をつんざく。専属で研修しているスタッフはとっくに気づいているはずだ。しかし、何も言わない。いや、言えないのだろう。黙って掃除の仕方や備品の配列などを教えている。
患者さんでごった返している院内がヤバい。僕は咄嗟に消臭スプレーを撒いた。スタッフがピリリと緊張したのがわかった。しかし、驚いたことにほんの数分で効果がなくなる。どうしよう。
そうだ、直接、新人くんの脇に噴射すればいいのだ


施術が終わるのが待ち遠しかった。院内の激臭に患者さんも気づいていただろう。しかし、いつものようにその患者さんは「ありがとう。あ~あ楽になったわ」と言ってくださる。見送ったあと、すぐに消臭剤を片手に、根本原因であるその新人くんの元に向かった。次の患者さんがきた。「すいません、ちょっと待っててくださいね」と行って向かうは新人くんの脇だ。

 
研修していたスタッフはすぐさま僕の形相に気づいて、身を引いた。僕は彼の耳元で一言だけ「ヤバいぞ」とだけ言ってトイレに連れ込んだ。まるでこれから恐喝する不良少年の様だよ、これじゃ。彼は僕に誘導されるがままに一緒にトイレに飛び込んでくれたので助かった。
 
「君はワキガだね、わかるね? これはマズイよ。自分でなんとかできなかったのかな?」などと自分も十分に慌てているが伝えたいことはストレートに伝えた。それも声をやわらげて怖くないように極力優しく伝えた。僕の声は低くてダミ声。しかもでかい声なので注意しなければならなかった。
 
「いいね、わかるね? 脇だよ、シャツめくるよ。」と優しく言ったが、自分でも何か脅しているんじゃないかというほど急いでいた。彼は何も言わずに黙って手を上げてスプレー噴射に従ってくれた。かわいそうなのだが、仕方あるまい。整体といえども完全なる客商売なのだから。
もう大丈夫
ほっとした表情で僕と彼はトイレから脱出。彼もすいませんと言っていた。逆に僕も「いやいや、ホント、申し訳ないね、でもお客さん商売だからね」と伝える。顔は引きつっていたのだろうな。施術に戻った。ところが、予想以上に強いのだ、その臭いが。まるで散々泣いていた赤子が急にシュンと静かになったかと思えば、何かの拍子でまた「オンギャー!オンギャー!」と泣き叫ぶような感じだ。ズバッと臭ってきた。慌てふためくスタッフと僕。とりあえず、午前中の施術終了まで待つことにするしかなかった。赤子よどうか静まってくれ。

午前中の施術が全部終わった。

誰もいなくなった院内。いつもならこれから昼食をして束の間の昼休みなのだが、この新人くんにはきっちりと伝えなければならない。体臭をなんとかしなければ整体勤務は難しい、ということ。人柄も手技も問題ないのだが、そのワキガ臭だけはなんとかしてもらいたいということ。人に触れ続け、限りなく接近する仕事なのでこの仕事を続けるならばなんとかしなければならない、ということをしっかりとそしてソフトに伝えた。

丁度、自宅はそんなに遠くないという。取り急ぎ、このままではどうすることもできないので、一旦帰ってもらってシャワーを浴びてみるのはどうだろう?という提案にこちらこそという感じで帰っていった。
 
彼が帰った後にスタッフに聞いた。「気が付かなかった?」と。もちろん気づいていたという返事。仕方ない。口の臭いや体臭というものはなかなか本人には伝えづらい。言いにくいことをいうことも代表である自分の仕事。なぁなぁでやり過ごすことはできない。
僕は起業してから、このような体験を散々してきた
言いにくいことを伝えるというのは社長の役目だ。組織として業務を遂行していくうえで感情のコントロールもできるようになったと思う。
感情をコントロールし、難しいことを伝えることができるようになることは、起業家にとって不可欠なスキルだ。
この過去の経験の積み重ねで、僕は感情のプロとして成長できたと思う。
組織をより良く導く力を身につけるということは綺麗ごとばかりではない

これからもこの学びを活かし続けるしかない。
そして、挑戦を恐れずに前進していくには若干の代償もあるということだ。